中村哲『医者、用水路を拓く――アフガンの大地から世界の虚構に挑む』(石風社、2007年)が入荷しました

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 2001年は、アメリカ同時多発テロに端を発するアフガニスタン紛争から20年というだけではありません。周知の通り、8月末には米軍のアフガニスタン撤退、そして9月8日のタリバン暫定政権の成立という、この紛争自体の帰趨を決する劇的な展開を迎えました。

 こうしたニュースを受け、アフガニスタン紛争、あるいはアメリカの戦争の歴史といったテーマに関する書籍をくまねこ堂ブログでも紹介してきました。それらで紹介しましたナンシー・スノー『情報戦争――9・11以降のアメリカにおけるプロパガンダ』福間良明訳(岩波書店、2004年)、ジョン・ダワー『容赦なき戦争――太平洋戦争における人種差別』猿谷要監修、斎藤元一訳(平凡社ライブラリー、2001年)につきましては、スタッフブログ/新着情報の過去の投稿をご覧ください(https://www.kumanekodou.com/category/topics/)。

 今回は最近入荷しました、アフガニスタンで医療活動、井戸掘りなどの水源確保活動に従事してこられた中村哲さんの著書を紹介します。中村さんが日本とアフガニスタンの関係について考える上で欠かすことのできない方であることは、いうまでもありません。アフガニスタンで2019年に発生した中村さん殺害事件は衝撃をもって迎えられました。この事件をセンセーショナルな出来事の一つとして終わらせずに、私たちが自分なりにアフガニスタン紛争について、あるいは国際援助について考えるためにも、中村さんの著作を紐解いていく必要があるのではないでしょうか。

中村哲

 上掲の2冊は、現在出品中のものです。ピースウォーク京都編『中村哲さん講演録――平和の井戸を掘る アフガニスタンからの報告』(ピースウォーク京都、2002年)、中村哲『医者、用水路を拓く――アフガンの大地から世界の虚構に挑む』(石風社、2007年)になります。

 中村さんの現地からの報告は、アフガニスタン紛争を考えるにあたって、ありきたりな国際関係のパワーゲームや、宗教勢力の非合理さをあげつらうようなことからは離れた視点にふれる絶好の機会になっていると思われます。そこで、『医者、用水路を拓く』の「まえがき」から、印象的な部分を引用してみます。

 「飢餓と渇水を前に医療人は余りに無力で、辛い思いをする。清潔な飲料水と十分な農業生産があれば、病の多くは防ぎ得るものであった。私たちは『百の診療所よりも一本の用水路』を合言葉に、体当たりで実事業に邁進してきた。」

 医療の大前提となるはずの公衆衛生のインフラに問題を抱えている地での医療活動、というのは日本で漫然と暮らしていると想像もつかないことです。そうした問題があることを知っていても、どこか他人事のように思ってしまっています。けれども、翻って日本について思いをめぐらすとどうでしょうか。「清潔な飲料水と十分な農業生産」は一朝一夕には達成され得ないものであり、その恩恵を受ける環境があるならば、それらの形成・維持に尽力してきた人々が当然存在します。そうした技術、知識の蓄積を国際援助の場でどのように活かせるか、この点を考えることが日本の安全保障政策なのではないでしょうか。

 中村さんはアフガニスタンでの水源確保活動の経験をもとに、同じく「まえがき」で次のようにも述べておられます。

 「この四年間(2003-2007)は洪水、土石流、集中豪雨、地すべりなど、あらゆる自然災害との戦いに明け暮れた。自然はヒトの都合を待ってはくれないので、こちらがそれに適合して動かねばならなかった。……平和とは決して人間同士だけの問題ではなく、自然とのかかわり方に深く依拠していることは確かである。」

 平和や国際安全保障について考える際に、私たちは人間と自然との関係性にどれだけ気を配ってきたでしょうか。安全保障は軍事の論理、治水はダム建設、環境問題は二酸化炭素の排出の話、などと当然のように切り分け、しかも切り分けた中で特定の問題に目を奪われてきたのではないでしょうか。ちなみに、中村さんの活動と偶然一致するがごとく近年マルクス主義思想が復権してきたのも、上記のような思考の切り分けを批判する形で、マルクス思想研究者が人間と自然との関係性を問うことを中心的な課題にしているからです。経済システムの問題を人間と自然との関係性をもとに論じる回路を開いていたマルクスによる探究の内容が、近年のマルクス思想研究で明らかにされています。このような仕方で、人間と自然との関係性をもとに、そこから広がる世界について考えていかなければならない状況が、あらゆる分野に生じているのだと思われます。

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小野坂


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