マルクスの思想における人間と自然との関係~テリー・イーグルトン『なぜマルクスは正しかったのか』松本純一郎訳(河出書房新社、2011年)が入荷しました!
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前回、アフガニスタン関連書籍ということで、アフガニスタンで医療活動、井戸掘りなどの水源確保活動に従事してこられた中村哲さんの『医者、用水路を拓く――アフガンの大地から世界の虚構に挑む』(石風社、2007年)を紹介する投稿をしました(https://www.kumanekodou.com/27692/)。
そこでは、アフガニスタンでの医療支援に取り掛かった中村さんが直面した、医療の前提となる水源の問題を取り上げました。それら活動を通じて、中村さんは「平和とは決して人間同士だけの問題ではなく、自然とのかかわり方に深く依拠していること」を確信するにいたったといいます。その経緯を知ることは、単にアフガニスタンの現状について学ぶというばかりではありません。中村さんの実践とその思考の広がりにふれることは、私たちがそれぞれ抱えている問題に向き合う際に、重要な手がかりを得ることにつながるのでは、と感じました。その思いで、とくに『『医者、用水路を拓く』を紹介する投稿をしたのです。
そこで、少し脱線し、私は以下のように書きました。
「平和や国際安全保障について考える際に、私たちは人間と自然との関係性にどれだけ気を配ってきたでしょうか。安全保障は軍事の論理、治水はダム建設、環境問題は二酸化炭素の排出の話、などと当然のように切り分け、しかも切り分けた中で特定の問題に目を奪われてきたのではないでしょうか。」
そのように述べたのは、近年のマルクス思想研究者による一連の研究が同時に浮かんできたからです。それら研究は、マルクスの原点を詳しく検討することで、人間と自然との関係性を考察することを中心的な課題にしています。最近入荷した本でも、次のようなものがありました。
テリー・イーグルトン『なぜマルクスは正しかったのか』松本純一郎訳(河出書房新社、2011年)です。かつて、マルクスの経済理論は環境保護の問題を無視していると述べる常套句がありました。社会主義が廃れて、新たに環境保護運動が興ったというような時代認識を、そのままマルクス解釈に投影してしまったのでしょうか? けれども、そうしたマルクスに対する批判は、マルクス自身の文章とは何ら関わりのないものだったのです。たとえば、イーグルトンは同書で、次のマルクスの文章を引用しています。出所は『資本論』第3巻です。
「社会化された人間、協同組合的に組織された生産者、自然との物質的交換を理性的に制御し、それらを盲目的な力として抑え込むことを許すのではなく、共有された制御の下に置くこと」
これを元にイーグルトンは、「問題は、〈自然〉の統治というよりはむしろ『交換』、弱者虐待的支配というよりはむしろ理性的統御である」というように、人間と自然との関係を考えるべきだと述べます。ここでの「理性的統御」は、人間の合理的な科学が一方的に自然を管理するというようなことを意味してはいません。むしろ理性や合理性といったことは、人間と自然との関係性を維持するために用いられるということなのです。現代の状況では、人間側の大量生産・大量消費のシステムを根本的に改め、人間側の方から自然に歩み寄ることが求められているわけです。つまり、合理性は、これまでのように生産を拡大するためにではなくて、経済を縮小させるために用いられることになるのでしょう。
当然のことながら、自然の方は人間様の都合などお構いなしですから、もし私たちが歩み寄りを怠るならどうなるでしょうか。自然からどのような逆襲が待ち受けているのか、私たちは知る由もありません。
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小野坂
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