オポッサムはハードボイルド~アーネスト・T・シートン『シートン動物誌12 ウサギの足跡学』今泉吉晴監訳(紀伊國屋書店、1998年)より
ロシアのウクライナ侵攻は収束に向かうどころか、長期化しかねない情勢です。ロシア軍に対するウクライナ市民は、非暴力の抗議を続けているとの報道もあります。力対力の土俵に立ってしまえば、ロシアの正規軍に対するウクライナ市民が犠牲となる一方でしょう。非暴力の抵抗がどのような活路を見出すのか、そして国際社会は非暴力の抵抗をどのようにして支え得るのか、こうした点を注視する必要があるように思われます。
※占領下の市民、続く非暴力抗議 「怖いが黙っていられない」―食糧難から略奪も・ウクライナ南部メリトポリ(時事通信、2022年3月12日)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022031101145&g=int
そこで今回は、ある動物の抵抗手段について書いた本を紹介します。
アーネスト・T・シートン『シートン動物誌12 ウサギの足跡学』今泉吉晴監訳(紀伊國屋書店、1998年、原書1925-28年)です。この巻に、カンガルーのような袋を持ち、顔はネズミに似ている動物として知られる、オポッサムの章があります。シートンの文章は、さながらサスペンス小説のようであり、オポッサムの「戦い」は次のように始まっていきます。
「森のどこかで音がした。オポッサムは立ち止まり、聞き耳をたてる。からだの重い動物の足音と小枝の折れる音が聞こえる。危険を察知したオポッサムは近くの低い木に避難しにかかったが、ともかくのろい。安全な高い枝にたどり着くまえに、大きなけものが彼に襲いかかってきた。」
早速、オポッサムは命の危機にさらされてしまいます。それではオポッサムは何に襲撃されたのでしょうか。
「イヌだ。オポッサムは背中からどさりと落ちる。こうなったらしかたがない。オポッサムは、手もちの唯一の作戦に頼る。」
危機を切り抜ける唯一の手段とはいかに!? 一発逆転の、、、
「“オポッサムの策略“、つまり死んだふりをするしかない。」
へっ? とりあえずこれに続くシートンの説明を読み進めましょう。
「うなるでもなく、威嚇でもなく、もちろん、かみつくのでもない。オポッサムは根っからの不戦主義者だ。抵抗しないのがオポッサムの信条であり、平和主義者に徹するのがオポッサムの行動規範だ。」
なんと、オポッサムの「死んだふり」は、その場しのぎの思いつきではなく、自身に課した信条である平和主義を、実戦の場でやり遂げることだったのです。とはいうものの、オポッサムは、その後どうなったのでしょうか。イヌがオポッサムの平和主義に恐れ入るとは思えませんが…。
「けれども、イヌはそうではない。オポッサムをくわえ、激しく振りまわした。」
やはり、オポッサムは窮地に陥ります。続きが気になります。
「攻撃的なイヌは、死体が相手では元気がでない。獲物らしからぬ奇妙なにおいに、いや気もさしていたところだった……からオポッサムを放り出す。」
オポッサムは無事でした。シートンによれば、この戦後の教訓は次のようになります。
「ネコ、ウサギ、それにネズミだったら、このすきに逃げ出そうとするだろう。だがそれはイヌの攻撃を呼びさます愚かなやりかただ。オポッサムは違う。無抵抗は、逃げないことも意味する。だから彼は、死んだように地面に転がるだけだ。」(以上、583-585頁)
このことを、私たちはどのように受け止めるべきでしょうか。抵抗せず、かつ逃げなかったオポッサムの度胸は、好戦的なサルである人間と比べてどうでしょうか。私は、平和主義者に徹したオポッサムこそ、ハードボイルドに値すると思っています(※)。
※ハードボイルドとは、己に課した掟に忠実なタフな人物のことです。決して拳銃を乱射するイカしたオジさんのことではありません。というわけで、いつか人間は「さぁ、お前の罪を数えろ」、とオポッサムに詰め寄られるでしょう。もっとも、それに人間側が逆ギレしたら、もちろんオポッサムは「死んだふり」をするはずです。けれども、それでシメシメと思うような人間であったら、生きている意味はあるのでしょうか?(上記のことは、探偵モノをモチーフにした、仮面ライダーWを視聴して考えたことです。同番組公式サイト https://www.toei.co.jp/tv/w/story/1189601_1613.html より)
オポッサムがハードボイルドかはともかくとして、シートン『シートン動物誌12 ウサギの足跡学』は、前付によれば1925-28年に刊行された文章を一冊に収めたとのことです。1928年といえば、パリ不戦条約(ケロッグ=ブリアン条約)という戦争違法化を掲げた国際条約が成立した年です。今の段階では、単なる連想ゲームの域を出てはいませんが、シートンの描いたオポッサムは、当時の不戦の思想と関係があるような気がしてなりません。
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小野坂