#カール・ポランニー(Karl Polanyi)の「聖なる憎しみ」について~再び、 #大転換 #人間の経済

 ハンガリー出身の経済学者・文化人類学者、カール・ポランニー(Karl Polanyi, 1886-1964)の著作の翻訳本が続々入荷しています。今回も再度、1944年原書初版の『大転換』を扱います。『大転換』とは、19世紀的な市場社会の成立と、その崩壊過程を描き出した大著です。それは、1914-18年の第一次世界大戦を経て1929年の世界大恐慌にいたる同時代的な激変の中で執筆されました。ポランニーの筆は、第一次世界大戦後の各国の雇用、政党政治という国内の経済、政治にまたがる問題の分析を超え、そこでの緊張が国際経済体制と密接に関係していたことにもおよんでいます。しかもポランニーは、それら問題の起源を探るべく、18世紀半ばのイギリスにおける産業革命に関する事実を詳細に検討しているのです。

Karl Polanyi

 このような大著の完成へ向け、ポランニーを突き動かしたものは何だったのでしょうか。彼の執筆動機については、彼のパートナー、イロナ・ドゥチンスカ・ポランニー(Ilona Duczynska Polanyi)による次のような回想があります。

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 一九三〇年代半ばにイングランドへ移住したことは、ポランニーの人生にまさしくひとつの転機をもたらすものだった。彼はそこで、同じ考えの人たちやすぐれた学者たちとのサークルを見いだした。彼らは、そのキリスト者としての見解を、ソ連への熱い共感、無批判的ともいいたくなるような共感と、ひとつに結び合わせていたのだ。彼らの結束した努力は、『キリスト教と社会革命』というシンポジウムとなって実を結んだ。
 しかし、それがある勢力となるのについて、いかなる知的な影響にもまして強い力をもったのは、ほかならぬイギリスという国が与えた心の外傷であった。十分に発達した資本主義との出会い――私たちは、それについて知るべき価値のあるものはすべて知っている、と思っていたのだった。しかしエンゲルスの描写したあの家いえは、いまだに存在していた。そこには人びとが住んでいた。ウェールズの緑の眺望のなかに、鉱滓の黒い丘がたち並んでいた。この不況地帯から、いまだかつて両親が雇用されるのを見たことのない若者たちが、ロンドンへと流れ込んでいたのだ。
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 ポランニーは、滞英中。労働者教育協会の講師として経済史を教えていました。またポランニーは当時、キリスト教社会主義運動にも取り組んでおり、そこでLSE(ロンドン経済学校)教授のR・H・トーニ―(Richard H. Tawney)と親しく交流していました。上記引用中の『キリスト教と社会革命』は、ポランニーの論考「ファシズムの本質」を含んで1935年に刊行されたものですが、この出版の実現に際して、トーニ―の力添えがあったことが指摘されています。なお、ポランニーと親交があり、キリスト教と社会主義との共通点に関心を持っていた人物として、国際関係研究者のE・H・カー(Edward H. Carr)が挙げられます。こうした人脈を通じてポランニーは滞英中に、社会主義とキリスト教に共通する、個人の自由と平等の概念について探究を深めていきました。
 しかし、ポランニーの伴侶、イロナ・ドゥチンスカによれば、そうした知的な人脈以上に、よりポランニーを経済史の探究へと駆り立てたのは、「イギリスという国が与えた心の外傷」だと述べています。1930年代のイギリスには、かつてフリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels)が描写した過酷な貧困(※)がいまだに存在していることを、ポランニーは労働者教育協会の講師の経験を通じて実感したのです。

(※)フリードリヒ・エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』全2巻、一條和生、杉山忠平訳(岩波文庫、1990年、初出1845年)。

 そのため、イロナ・ドゥチンスカは次のように述べています。

Karl Polanyi

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 最良の人間には、人間の生涯における聖なる憎しみの根源をどこかでつきとめてみようとする衝動があるものだ。これは、ポランニーがイギリスにいたときに経験したことである。のちになって合衆国では、それは激しさを増したにすぎない。彼の憎悪は、市場社会とその影響――人間から人間らしさを奪い取るもの――にたいして向けられたのであった。
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 このポランニーの執筆動機に対して、最早何事か付け加えようという気分にはなれませんね。また始めから『大転換』を読まなければなりません。

※以上の引用は、イロナ・ドゥチンスカ・ポランニー「序文」、カール・ポランニー『人間の経済』第1巻、玉野井芳郎、栗本慎一郎訳(岩波書店、1998年、初出、1977年)27-28ページ。

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小野坂


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