マイケル・ジーレンジガー『ひきこもりの国――なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか』河野純治訳(光文社、2007年)を紹介します~hikikomoriという英単語

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 古書を検品していて、現在ではよく知られているある話が、約20年前の新刊書で書かれていた内容であったことに気づきました。こうしたことは、ままあります。

 それは、日本語のローマ字表記そのままで英単語として通用している、ある単語についてのことです。代表的なものは、過労死(karoushi)ですが、ひきこもり(hikikomori)も英単語になっています。social withdrawalという、社会からの撤退を意味する言葉もありますが、過労死同様、ひきこもりも日本特有の問題を表す語として用いられています。

 今回は、英単語のhikikomoriを定着させたであろう書籍の一つを紹介していきます。

ひきこもりの国

 マイケル・ジーレンジガー『ひきこもりの国――なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか』河野純治訳(光文社、2007年)です。著者のジーレンジガーは、日刊紙メディア・ナイトリッダー社の東京支局長を7年間務めた経歴を持つ国際的なジャーナリストです。彼は本書冒頭で、「日本人のなかには、ひきこもりというのは、たんに甘やかされて育った若者で、社会に出て働いたり、他者と交わることを嫌うのは。彼らが『怠け者』だから、あるいは自分を溺愛する親のすねをいつまでもかじっていられるからだ、と考える者もいる。しかし私の分析では、これとはまったく異なる側面が見えてくる」と、日本の読者に向けて述べています。

 では、ジーレンジガーは日本の若者をどのように捉えているのか。上記の引用に続く文がこちらです。

 「ひきこもりの若者たちの多くは、頭がよく、繊細で、きちんと自己認識ができている。彼らは日本社会にはびこる偽善や閉塞感を、親や教師よりも明確かつ切実に感じとっているのだ。……彼らが経験している日本という社会では、表立った反抗は容認されない。だから、内側に逃げるしかないのだ。彼らが自分たちの不安、反発、探求心を表現するための空間は、安全な寝室の中にしかないのである」

 このようにジーレンジガーは、「ひきこもり」の原因についての認識を改める必要性を説いています。「日本が自己を見つめ、自発的に変わっていくことは可能だ」と信じているジーレンジガーの分析を、私たちは正面から受け取る必要があります。

 そうすると、ひきこもりの若者たちが感じとったとジーレンジガーが考える、「日本社会にはびこる偽善や閉塞感」とは何なのでしょうか。ジーレンジガーは同書序章で、1990年代以降の情報技術(IT)産業が牽引したグローバル経済において求められることと、日本がそれ以前の時代において経済的成功を果たした要因とが、大きく異なっていることを指摘しています。

 「ITという力を獲得した新しい世界は、技術革新が持つ変容の力に高い価値をおいた。この新しい世界は、個人に対して、知識獲得の機会を増やし、他者への影響力を拡大し、優れた自己表現の手段を提供してくれるように思われた。すべては市場への貢献度で判断され、同じことの繰りかえしや結束力よりも、批判的思考や鋭敏さが評価された」、というのが1990年代以降のグローバル経済の性格の一つです。それでは日本はどうなのか、ということが気になるわけですが(もはや想像がついてしまっているでしょうが)、ジーレンジガーは次のように述べています。

 「だが、日本は目覚ましい経済発展の過程で、そのような多様で寛容な環境はいっさい作ってこなかった。それどころか、ゴムのプランテーションさながらのモノカルチャー化を進めてしまった。同じゴムの木ばかりが定規で引いたように一直線に植えられ、等間隔で列をなし、どの木も全く同じ方法で栽培され、もっとも効率的に樹液を集められるように、定められた高さまでしか成長することが許されない。日本は、どちらかといえば厳しく管理された閉じた世界で繁栄してきた」

 というわけです。したがって「失われた●十年」といわれてきましたが、この問題は、あったはずのものを回復すれば(すなわち、取り戻せば)解決するわけではないのです。そうではなく、新たな環境に適応するための基礎を、これまた新たに獲得しなくてはならない、という形で考える必要があります。

ひきこもりの国▲同書29ページ。「いったい、日本に何が起きたのだろうか?」 

 こうした指摘は、現在では一般に受け入れられている内容ではないでしょうか。ジーレンジガーの著作を受けて、ひきこもりの人々が持つ「不安、反発、探求心」を、「批判的思考や鋭敏さ」として評価しうるような社会のあり方について改めて考えることが、日本社会の諸問題を理解する第一歩となるに違いありません。こうした、今となっては基本的な認識となった見方について、その基となったであろう著書を振り返ることは、一見すると迂遠に思われますが、意外にも現在の問題を直視することにもつながります。そうした形で、古書に注目してくださいますと幸いです。

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小野坂


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