歩む、思いをはせるー「道 日本の名随筆90」のご紹介ー
やわらかな雨の中、静かに季節は移ろっていくようです。
皆さまお身体に気を付けてお過ごしくださいね。
最近は涼しくて、散歩が心地よいです。誰かと一緒でも一人でも、目的を持ってではなくあてどなく歩くことは、私を知らない世界に連れていってくれます。マップアプリなど起動しては興がありません。いつも曲らない角で曲がることで、すぐにでも迷子になってしまう、その時にこそ世界がまだ私に微笑みかけてくれるような可能性を感じることができるから。
そんな秋の散歩に深みを与えてくれるような本を今日はご紹介します。
藤原新也編「道 日本の名随筆90」(作品社・1990年)です。
「日本の名随筆」は、全200巻に及ぶ作品社のシリーズです。1巻に30ほどの随筆がテーマ別で集められています。
今回紹介します「道 日本の名随筆90」には、井上靖・里見弴・澁澤龍彦・永井荷風・馬場あき子・三好達治などの随筆が収められています。
そのうち、内田百閒「凸凹道」を見てみます。
とても短いものです。友達を見送りに行こうとしたが、お巡りに自転車の無灯運転を疑われて引き止められている間に、友達は行ってしまった。そしてそのままその友達は帰省先で亡くなってしまった。その時のことが書かれています。
この随筆になぜ私は心惹かれたのか。多分抑制された書きぶりから滲み出る、言葉にできない思いを感じたからでしょう。この3ページほどに収まってしまう随筆で、最も大きな幅を占めているのは、お巡りとのやり取りです。切々と悲しみを訴えるのでもなく、自分に職務質問してきたお巡りへの恨みでもなく、お巡りとの会話なのです。
「何故無灯で自転車に乗るか」
「乗つて居りません」
「嘘をつくな。無灯で乗つて来て、交番の近くで降りても駄目だぞ」
「提灯が消えたから降りました」
「消えたら何故ともさぬか」
「燐寸を持つてゐなかつたので、それから歩いて来ました」
「嘘をつけ、さう云ふ怪しからん奴が多いので困る。一寸こつちへ這入れ」
「提灯はたつた今消えたばかりです。汽車の見送りに行くのですから、どうか 通してくだ
さい」
「今消えたと云ふ証拠があるか」
「提灯にさはつて見て下さい、まだ温かいでせう」(「道 日本の名随筆90」 25ページ)
でもこの随筆の終わりに少しだけ、彼の気持ちが書かれています。
林とは子供の時からの随分長い友達だつたから、その時の訣別を妨げた凸凹道 のいきさつ
を、今でも思ひ出す。(同、26ページ)
お巡りとの問答を覚えている、一語一句記憶している、それを書くことで、辛さ切なさを直接に言葉にするよりも、彼の感情が伝わってくる。直接的な言葉は一切用いないのに、この随筆の末尾が深く重くなる。素晴らしい。
文章としての巧みさに感動する一方で、親友を失った彼の思いが波のように寄せてくるのを感じる。
あなたが今日歩いているその道も、誰かにとっては何か思いがつのるような道なのかもしれない。他の人にとっては何でもない通路でも、内田百閒にとってのその凸凹道は、親友との永遠の別れができなかったという悔やみが染み込んだものであったように。道というどこか固定した場所ではないところ、人が不安定になるところでは、今日も、ボーイミーツガールが起き、親子が仲直りし、友達同士が喧嘩し、恋人が別れているのでしょう。今歩いている道について、そんなことをふと思ってみるのもよいかもしれません。あなたの世界を深めてくれるはずです。
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本日もお読みくださりありがとうございました。
コトー
以下参考にしたもの
「道 日本の名随筆90」作品社紹介サイト:https://sakuhinsha.com/essay/9907.html
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