ロバート・N・プロクター『健康帝国ナチス』宮崎尊訳(草思社文庫、2015年)が入荷しました~「無責任な純粋さ」と「死への欲望」
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以前、ロバート・N・プロクター『がんをつくる社会』平澤正夫訳(共同通信社、2000年)を紹介したことがあります。同書第4章「レーガン政権の役割」には、「ロナルド・レーガンこそ〔一九〕八〇年代のもっとも強力な新種の発がん物質であったのかもしれない」という記述があります(173頁)。この一文は、プロクターの関心の所在を示すものとして重要に思われます。ガンという病気を生み出すアメリカの社会構造に目を向けているプロクターは、その構造を生み出したレーガン政権の役割を検証しているのです。
※ロバート・N・プロクター『がんをつくる社会』平澤正夫訳(共同通信社、2000年)が入荷しました~レーガン大統領は「新種の発がん物質」だった!?(くまねこ堂古書ブログ、2021年9月21日)
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同様の視座から、プロクターはナチス・ドイツの「健康運動」と呼ばれる分野も研究しています。
それが最近入荷しました、ロバート・N・プロクター『健康帝国ナチス』宮崎尊訳(草思社文庫、2015年)です。同書原題は、身体の病気である「ガンに対するナチスの戦争」というものであり、前掲の『がんをつくる社会』と同一の関心から取り組まれた研究であることが伝わってきます。それでは、「もっとも強力な新種の発がん物質」がレーガン米政権なのであれば、「ガンに対するナチスの戦争」とは何なのでしょうか。プロクターは『健康帝国ナチス』の目指すところを次のように述べています。
「本書の焦点はナチスの人種犯罪よりむしろ、この恐るべき犯罪の陰に隠れて、これまで忘れられがちだった健康運動の実態を明らかにすることである。失われた知恵の輝きを取り戻す、あるいは現在の高みから過去を批判することではなく、ナチス政権のもとでの不幸な現象といえる「良質な科学」とは何だったのかを解明するのが目的である」(15頁)。
上記の「不幸な現象」を直視するために、プロクターは以下のように読者へ呼びかけています。
「我々はファシズムに思想の全体主義というイメージをもっている。ナチスのレトリックと価値観がドイツ人の精神生活の隅々まで浸透していたと考える。が、それは必ずしも正しくない。科学は忠実かつ中立な僕として、政治とは無縁に経済力・軍事力を支援する動力として許容されていた面が多いのだ。ある分野の研究者たちがもろ手を上げてナチスに賛同したのも事実であるが、それと同時に怖いのが、政治から絶縁された修道院にでもいるかのように黙々と研究を続け、結果としてナチスに協力していた科学者たちなのだ」(14頁)。
このように述べてプロクターは、上記の科学者たちが陥った「無責任な純粋さ」という問題に対して注意を向けるよう読者に促しているのです。恐るべき政治体制は、悪意を持った独裁者の暴力的な押しつけによってのみ成立するわけではありません。歴史の教訓からは、黙々と自分の職責を果たしているつもりの私たち一人ひとりがそのような政治体制を支えてしまう、という一面が浮かび上がってきます。プロクターの一連の書籍を読んで私は、真面目な一人ひとりの働きが、社会全体にとってはガン細胞のごとき存在となってしまうことに恐怖を感じました。
なぜそうなるのかを、別の面から示した研究もあります。
エーリッヒ・フロム『破壊――人間性の解剖(合本)』作田啓一、佐野哲郎訳(紀伊国屋書店、2001年)は「生命あるものを死へと変貌させる情熱(ネクロフィリア)とサディズムをとりあげ、スターリンやヒトラーの性格分析」に取り組んだ書物です。こうした精神分析によって明らかになった人間性については、関連で次の書籍も重要です。
アリス・ミラー『魂の殺人――親は子どもに何をしたか』山下公子訳(新曜社、1983年)、アリス・ミラー『禁じられた知――精神分析と子どもの真実』山下公子訳(新曜社、1985年)は、幼少期の「しつけ」が子どもに何を植えつけてしまうのか、といった点に迫るものです。
「しつけ」は親子代々にわたって継承されていくものですから、私たちの社会を決定づける強い要因となっています。政治体制についての議論も、この問題を無視することはできません。このことは困難な課題ではありますが、自分自身が抱える問題と私たちの社会全体との問題をつなぐ手がかりにもなり得る挑戦でもあります。まずは、「無責任な純粋さ」と「生命あるものを死へと変貌させる情熱」とが結びついた歴史の事実を自分の問題としてどのように考え得るか、その観点をつかむために上記の本を読んでいきたいと思っています。
小野坂
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