平井吉夫編『スターリン・ジョーク』(河出書房新社、1983年)が入荷しました。
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以前、ソ連農業の歴史に関する本を紹介したことがあります。そこで取り上げたのは、1920年代の多元主義的な「小農経営」、あるいは「農工結合体」の思想であり、それは1927年末からの「穀物調達危機」を経て党中央に権力が一極集中する政治体制(スターリンの独裁)が形成される中で忘却されていきました。こうした経緯で1930年に成立したソ連の政治体制のもと、中央集権的な経済計画を遂行するのが「共産主義国家」とみなされることになります。そして1980年代末のソ連崩壊期に、1920年代の農業経営思想が再評価され、現在では食と農の国際関係史や環境社会主義の観点から着目されるようになってきました。ソ連史において1920年代と1930年代の断層は大きいものがあり、それをどう理解するのかということは、ソ連崩壊期においても重要な論点であったにとどまらず、現在でも依然として大きな課題です。
とくに、1930年代以降の政治体制や経済計画がどれほど人々を抑圧するものであったのかは、現在では周知のことのようではありますが、ややもすれば面白おかしく誇張されたネタとして消費されているようにも見受けられます。
※アレクサンドル・チャヤーノフ『農民ユートピア国旅行記』和田春樹・和田あき子訳(平凡社、2013年)が入荷しました~忘れられた「小農経営の環境社会主義」(くまねこ堂古書ブログ、2022年7月7日)
https://www.kumanekodou.com/30274/
ただし、ソ連の政治体制や経済計画が面白おかしいネタになっているのには、一定の理由があります。民衆は単に抑圧されるだけではなく、様々な抵抗を試みていたのであり、その暮らしはジョークとともにあったからです。「農民ユートピア」を描いた農業経営学者が去ったあとは、共産主義国家のディストピアに対するジョークが語られたということになるでしょうか。それらジョークは、直接にソ連を扱ったものではないディストピア小説の端々に埋め込まれる形で、私たちにとって意外にも身近なものとなっているかもしれません。
今回紹介するのは、そうした「どこかで聞いたことがあるかも」と思うネタを集めた書籍です。
平井吉夫編『スターリン・ジョーク』(河出書房新社、1983年)です。ここに収録されたジョークには「なぜソ連には魚が不足しているのか? 肉不足をごまかすためである」(34頁)という、最初の質問で想定されたこと以上の問題で答えるというような、比較的わかりやすいものから、下記に紹介するような若干込み入ったネタもあります。
キリスト者は天国の楽園から追い出された人間の罪から語り始めますが、他方で共産主義者は「地上の楽園」を建設しようとしたといわれることがあります。それでは、現実はどのようなものであったのでしょうか。「楽園」ジョークには次のようなものがあります(29頁)。
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アダムとイヴは最初のソヴェト的人間である。
どうして?
アダムのイヴは裸で暮らし、ほとんど食べず、家もない。そして、自分たちは楽園にいると思っている。
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このジョークの発祥がいつだったのかは定かではありませんが、1917年の革命から内戦および国際的な干渉へといたる抗争において、ロシア経済は危機的状況にありました。そして、1920年代半ばの経済再建の兆しは、前述の「穀物調達危機」の発生により打ち砕かれてしまいます。そうすると、上記の「楽園ジョーク」は、常に言い伝えられていたのかもしれません。このジョークは、キリスト教的自由の観点から、共産主義体制を批判する観点を含んでいます。それは簡単にいえば、人間に「地上の楽園」を創造する力がないことを認め、神に従順となるべきだとの信仰の下、権力に歯止めをかけようとする姿勢です。こうしてみると、このジョークの方向性は1930年代西欧やアメリカにおけるキリスト教社会主義の展開と類似する面もあり、クスっと笑っておしまいになるネタではないのかもしれません。
▲世界のジョーク集
ところで、ジョーク集という点では、ソ連の歴史を笑うのみでいてはなりません。最近、戦時中の日本におけるジョーク集も刊行されました。それは、高井ホアン『戦前反戦発言大全: 落書き・ビラ・投書・怪文書で見る反軍・反帝・反資本主義的言説 (戦前ホンネ発言大全) 』(パブリブ、2019年)です。同書は、特高警察による取り締まりの記録を中心に、戦時下日本の便所の落書きから浮かび上がる本音で語られた反戦感情を取り上げたものといえます。その本音の例としては、次のものが挙げられます。
「小生は日本人なれどもソビエトのスパイ」「スターリンばんざい」
「実力のある者をドシドシ天皇にすべきだ!」
※『戦前不敬発言大全』と『戦前反戦発言大全』が完成したので紹介します。(パブリブ、2019年6月11日)も参照。末尾の引用も同じ。
https://publibjp.com/20190610
『スターリン・ジョーク』でソ連を笑ってしまったのなら、返す刀で切腹するように我が国の有様も笑おうではありませんか!
「俺は日本の国に生れた有難味がない、日本に生れた事が情無く思う」
小野坂
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