「命なりけり」―『新編日本古典文学全集11 古今和歌集』から―

半袖Tシャツを買いました。新しい服を買うといつ着ようかなとわくわくします。
暑い夏が来るのは憂鬱ですが、そのような楽しみを見つけて乗り越えていけたらいいのでしょうか。どれだけ長生きをするとしても、無数には夏を経験することはできませんから。嫌がっているだけではもったいない気がします。それぞれの夏は一度きりで、もう二度とない。

そのような思いにふけっていたから、こんな歌を思い出しました。

    題知らず  読み人しらず
  春ごとに花のさかりはありなめどあひ見むことは命なりけり(古今集・巻第   
  二・春歌下・97)
  (春がめぐり来るごとに、花の盛りはきっとあるだろうけれど、私がその花
  と相逢うことができるかどうかは、それにふさわしい命が私に恵まれてい
  るかどうかのことだなあ。)

『新編日本古典文学全集11 古今和歌集』(小沢正夫・松田成穂・校注・訳、1994年、小学館)から引用しています。

古今和歌集

この頭注を参考にすれば、「花を擬人化して人間同士(多くの場合、男女)が逢うことにたとえた歌。」とのことです。

季節は違いますが、季節を感じる中で自分の命について考えてしまうのは、ずっと昔から変わらないのですね。「命なりけり」と結ぶことで、こちらに感慨の深さが迫ってきます。
この「命なりけり」は「慣用句とみられる」とこれまた頭注にあります。導かれるままに、古今集で「命なりけり」が使われている別の歌のページを開いてみます。

           ふかやぶ
  今ははや恋ひ死なましをあひ見むと頼めしことぞ命なりける
  (今はもう、死ねるものなら恋い焦がれて死んでしまいたい。「逢いましょ
  う」と、期待をもたせてくださったお言葉だけを命の支えとして生きてきた
  私だったのだから。)

この「命なりけり」は真心からでもあるし、そうでもないとも言える気がします。あなたときっと逢えると思えることによって生きてきた命なのだった、もうそれができないなら死んでしまうのだ!という過激さは、それまでの言葉が「命なりけり」に結びつくことでうまれていますが、むしろ「命なりけり」という慣用句に何をどう上手に結びつけるかという遊びでもあるのかもしれません。現代語訳にすれば結構すごい感じなのかもしれないですが、みんながよく使ってる言葉に収めているのだから、実はありふれたやりとりの内なのかもしれない。でもその言葉を使うことで激しさを装う、言葉で装うならそこに真実も宿っているともいえるでしょう。

いやあ、和歌の専門家でもなんでもないのにしゃべってしまい恥ずかしいことです。知識のある方に訂正いただければ幸いです…。

ぼんやり眺めているだけで和歌集は楽しいものです。そしていろいろ考えてしまいます。冒頭自分は、季節を感じることで自分の生命について思ってしまうあり方の、古典の時代との共通性を話しましたが、でもそこで「命」という言葉が負うものは時代によって異なっているのでしょうか。もちろん、通底するものはあるはずです。しかし、現代、生命は化学反応の集合であるとか、素粒子の組合せの一つでしかないとか、自分のクローンも作れるとか、AIで亡くなった人を再現できるとか(様々なこと、あまり詳しくないまま述べています…)、そんな情報にさらされる中での「命」は、過去の人々が持っていた不定感から別のフェーズに入っているのかもしれません。いやむしろ、人間はいつだって自分が卑小で不確かな存在であることに向き合ってきたし、これからもその事実に対峙しなければならないのだ、とも言えるのかもしれませんが。

「命」という言葉の変遷を辿るのは、なかなか難しいし収拾はつかない予感はしますが、問題意識としては持っておきたいと思いました。まあ、そんなことを考えつつ、何もできないまま私の夏は過ぎていくということです。

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