藤永茂『ロバート・オッペンハイマー――愚者としての科学者』(ちくま学芸文庫、2021年)が入荷しました~ノーラン映画「オッペンハイマー」の予習

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 ところで、クリストファー・ノーラン監督の最新作「オッペンハイマー」が話題になっていますね。オッペンハイマーとは、原子核理論など多くの分野で活躍したアメリカの物理学者のロバート・オッペンハイマー(J. Robert Oppenheimer)のことです。ノーラン新作は映画.comの記事によると、「第二次世界大戦中にマンハッタン計画を指揮し、原子力爆弾の開発に成功したオッペンハイマーの栄光と挫折、苦悩と葛藤を描く作品だ」と紹介されています。

※「オッペンハイマー」はノーラン作品最長の3時間(映画.com、2023年5月25日)
https://eiga.com/news/20230525/6/

 核兵器が使用される可能性が取りざたされている一方で、核兵器廃絶へ向けた活発な動きもみられます。今年は、G7(※)が広島で開催されたこともあり、日本国内でも普段以上に核兵器への関心が高まってきていると思われます。

※いわゆる主要7か国首脳会議、ただし英語表記には主要、あるいは先進という意味の単語は含まれていません。

 そこで、核兵器の起源に関する歴史に迫る、ある人物評伝を紹介したいと思います。ちょうど、そして1941年からの日米戦争(アジア・太平洋戦争)の全体像について考える際に重要となってくる観点を提示した、あの本も同時に入荷したので、こちらの話もふれていきたいと思います。人物評伝という個人への注目と、人々を取り巻く当時の時代状況の両面あわせて、かつての戦争に対し自分なりに向き合っていくきっかけとして、次の2冊を挙げたいと思います。

『ロバート・オッペンハイマー』、『容赦なき戦争』

 藤永茂『ロバート・オッペンハイマー――愚者としての科学者』(ちくま学芸文庫、2021年、初出1996年)、ジョン・W・ダワー『容赦なき戦争――太平洋戦争における人種差別』(平凡社ライブラリー、2001年、原著1986年)です。重要な研究がこうして文庫化され、入手しやすくなっています。あるいは、初版や原著を苦労して手に入れ、必死に読んだという経験をお持ちの方もおられるかもしれません。

 藤永『ロバート・オッペンハイマー』は、「原爆の父」と呼ばれるようになったオッペンハイマーの評伝です。本書は、原爆についで水爆が実現することに罪悪感を覚え、水爆開発に反対の意思を表明したオッペンハイマーの生涯について、豊富な史料に基づいて論じた重要な研究といえます。核兵器の専門家が核兵器に反対した歴史は、個人の生涯を理解する上でも、その個人を取り巻く時代状況を考える上でも劇的な展開に思われます。

 なお、核兵器を開発したオッペンハイマーとあわせて、核兵器を用いた安全保障の現場にいた人物が、核兵器の存在を批判するようになった例も、ここでふれておきたいと思います。その人物とは、元イギリス海軍将校のロバート・グリーンであり、彼の著作は『核抑止なき安全保障へ―核戦略に関わった英国海軍将校の証言』大石幹夫訳(かもがわ出版、2010年、原著は2018年に新版が出ています)などいくつか翻訳が刊行されています。

 自分が片棒を担いだ暴力に対して抵抗を試みた先人の軌跡は、現在の私たちが追跡に値する重要な歴史だと思われます。こうした意味で紛れもなく専門家の、オッペンハイマーやグリーンの主張に対し、真剣に耳を傾ける時に来ています。

 上記の評伝に対して、ダワー『容赦なき戦争』は、個々人を取り巻く時代の風潮、とくに軍事的な判断を歪める偏見を浮き彫りにした研究といえます。そのような偏見としてダワーは、人種差別を取り上げています。戦争こそ、科学的に、合理的に物事が進行していく場面だと思ってしまいますが、そうした判断の根拠を台無しにする形で、相手国の国民や民族を蔑視する言説が何やら科学的な装いで流布されていたのです。核兵器の使用をめぐって、こうした歪んだ判断が下されるはずがない、と誰が明言できるでしょうか。

 その意味でも、核兵器開発、あるいはその運用の責任者の一人であったオッペンハイマーやグリーンの生涯を知ることは極めて重要と思い、こうして取り上げました。

小野坂

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