片桐庸夫『渋沢栄一の国民外交――民間交流のパイオニア』(藤原書店、2013年)を紹介します~埼玉県深谷市の旧渋沢栄一邸公開に寄せて

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 近年では記録的な豪雨、猛暑が珍しいことではなくなってきました。そうなると、史跡の保存や改修工事にあたっては、今まで以上に予算の確保や実際の工程などで種々の困難に直面することが予想されます。世知辛い世の中で吹いているのは、史跡保存への追い風ばかりではありません。場合によっては、強烈な逆風にもさらされることでしょう。実際、千葉県野田市の鈴木貫太郎記念館は、2019年の台風19号の影響と耐震診断の結果を受けて、「当面の間は臨時休館しております」(※)。

(※)鈴木貫太郎記念館
https://www.city.noda.chiba.jp/shisetsu/bunka/1001064.html(2023年8月9日閲覧)。
鈴木貫太郎は、1945年8月の敗戦時の首相です。この時点で日本が連合国へ降伏するという決断は、鈴木貫太郎と昭和天皇の協力なしには実現しなかったと思われます。鈴木貫太郎の旧邸宅を含む記念館が、台風の影響で期間のわからない臨時休館に追い込まれているのは、大変悲しむべきことです。

 そんななかで、耐震補強・改修工事の完了に漕ぎつけた例もあります。埼玉県深谷市の旧渋沢栄一邸です。一万円札の次の顔ということもあり、渋沢栄一は近代日本の経済史・経営史上での業績で知られていますね。

(※)深谷・渋沢栄一の生地「中の家」改修完了 座敷内へ立ち入り可能に 10日から一般公開(東京新聞、2023年8月6日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/268246

 そこで、最近入荷した次の本を紹介したいと思います。

片桐庸夫『渋沢栄一の国民外交――民間交流のパイオニア』(藤原書店、2013年)

片桐庸夫『渋沢栄一の国民外交――民間交流のパイオニア』(藤原書店、2013年)です。著者は国際非政府組織の太平洋問題調査会(Institute of Pacific Relations, IPR)に関する歴史研究の第一人者です。IPRは、戦間期(第一次世界大戦後から第二次世界大戦勃発までの1919-1939年)のアジア・太平洋地域の諸問題を取り上げて活発に国際会議を開催していました(※)。ここに日本の各界の代表者も出席しており、IPRはこの時期の代表的な「民間交流」の場となっていたのです。そのため、日本外交史研究、国際政治史研究において、IPRは2000年代から近年にいたるまで注目を集めています。

(※)なお、第二次世界大戦中のIPRの活動は、アメリカの対日占領政策の立案との関連で見逃せません。日本が加わる形での「民間交流」の歴史からは離れてしまいますが、戦時期IPRの活動内容も、その後の占領―被占領との関係としての日米関係史、あるいは日本とカナダ、オーストラリアといった国々との関係を考える際に重要な意味を持っています。

 渋沢栄一の手がけた分野は多岐にわたりますが、同書は「国民外交」、「民間交流」の観点から、日本と外国との関係、および日本国内の政府と民間との関係といった複数の結節点に渋沢を位置づける試みとなっています。そのため、片桐氏の著作は、幅広い渋沢栄一像に取り組んだ重要な研究となっています。旧渋沢栄一邸の耐震補強・改修工事完了を機会に、おすすめしたい一冊です。

小野坂

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