美術商に停年なし
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昨日もご紹介した
「骨董裏おもて」著:広田不狐斎/国書刊行会
という本の中からもう1箇所、ぜひご紹介させていただきたいと思います。
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<美術商に停年なし>
官吏や会社員にはそれぞれ停年があります。また肉体労働をする人も、
ある年限が来ると体が衰えて、停年のように仕方なくやめねばならぬことになります。
そこへゆくと商人は恩給はつかず退職金も貰えませんが、そのかわりいつまでも
停年がありませんから、身体の健康な限り死ぬまで働くことができます。
取りわけ美術商は、身体が不自由になっても恩給や退職金以上の喜びもあり
楽しみもあります。
業界の偉人山中定次郎翁は短身痩躯をもって我国の美術品の真価を世界各国に紹介し、
永年外貨獲得に奮闘されたことは広く世に知られ、我々の亀鑑(きかん)と
仰ぐべきものがあります。明治二十七年初めて渡来以来、八十余回に渉り
欧米各国に美術視察や蒐集に幾十万キロの旅行をされました。
翁は常に申されました。
「職業は自分の趣味である。毎日美術と共に暮すことは何よりも喜びであり、楽しみである。
自分ほど幸福者はないと感謝をしている。」
七十一年の間自ら第一線に立ち、寧日なき活動に喜びと楽しみを享有されました。
(中略)
京都の土橋翁、大阪の太田翁しかり、東京の梅沢翁、山澄翁またしかり、
近くは本山翁、伊藤翁等数うるにいとまないほど、我業界の故老先輩の
晩年における数々の秘話や逸話が残っております。
美術品を扱った故老先輩諸氏が、専門の立場から集めた物や数寄から集めた品々で
老後の余生を如何ほど楽しみ心を豊かに世を送ったか知れません。
しかしながらこれら先輩の若かりし日の美術に対する真剣なそうして血みどろな苦闘は
我々の到底及びもつかぬ苦行であったと聞いております。
若い時の不断の努力と錬磨研究が、広ければ広いほど、深ければ深いほど、
年老いてからそれが役立って茶に花に風流の楽しみも多く、味いも深いわけです。
例えば豊臣秀吉は若い時真剣に草履をつかんだから
(雑器に対しても審美をゆるがせにしなかった)、
後年には天下をつかむことになりました(国宝や重美を扱うことになった)。
あらゆる雑器や名器に対し鑑識を身につけたこれら故老先輩諸氏は
当時の官界財界の多年の功なり名をとげられた貴顕名士の方々の趣味上の好伴侶となり、
珍什名器を共々に楽しみ、茶に風流に身分を超えて趣味の友として
お互いに深く交わりをむすばれ、幸福な日を送られた佳話(かわ)も数えきれぬほどあります。
これも偏(ひとえ)に若い時からの心がけによるもので、故老先輩諸氏が身をもって
残してくれた教えです。
(抜粋)
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上記の引用部分の他にも、例えば
「他の娯楽よりは、私が買って来た品物や、社員諸君が仕入れて来た品物を、
商売を離れて、毎日変わった品物を独り静かに鑑賞している方が何にもましての楽しみです。
これは美術商の余徳とでもいうのでしょう。お蔭で早寝早起きができて、健康にも恵まれ、
この楽しみが死ぬまで続くかと思うと、美術品に勝る娯楽はないと心から感謝しております。」
というくだりがあったり、著者の美術品に対する真摯な愛情が全編から伝わってきます、
これが本当に「好きなことを職業にする」ということですよね。
このような、余生までも感謝に満ちた人生を送ることができたら
実に素敵だなあと思います、ガンバロー
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